最近読んだ漫画の中で、強烈に印象を残したのが『thisコミュニケーション』という作品。
一言でいえば、エモさと倫理感をぶん投げたようなディストピアなのに、そこに妙なリアリティと知性がある。そんな不思議な読後感が残る漫画でした。
主人公のデルウハはスイスの元軍人で、徹底的な合理主義者。彼はある理由から日本の上高地にやってきます。彼は無駄を嫌い、生き延びるためなら手段は選ばない人物として描かれ続けます。
それでいて、ただのサイコパスではない。彼の選択には「明日の飯にありつく」という一貫した動機があって、むしろ納得させられてしまう場面も多いんです。
デウルハの行動には現代の日本人からするとちょっとドン引きするような描写が目立ちますが、騙しあいや命の奪い合いが当然であった鎌倉・戦国時代の日本人が見ればむしろ「よくできた大人」と評価されそうな人物ですね。
そしてそのデウルハの生徒・兼・被害者となるのが「ハントレス」(女狩人)と呼ばれる屈強な少女たち。年齢は12歳くらい?であり、デウルハは教育(洗脳?)を施して彼女らの管理を試みます。精神年齢も歳相応ながらハントレスは「自由な天才型」なため、時にデウルハを疑い、反逆し、拒絶するんだけど、まあそっからのデウルハの逆襲が良くも悪くも「すごく合理的」で、この描写が漫画の見どころとなります。
デウルハという人物を生み出せる作者は超合理主義でありながら、心理描写にもたけており、デウルハと他の人物とのディスコミュニケーション=噛み合わないやり取りを通じて、「なぜ仲間や友人とコミュニケーションの齟齬が発生するのか」「他人を怒らせたり、場の空気を悪化させる発言をしてしまうのか」という、僕たちが普段抱きがちな悩みへの一種の回答というか、ケーススタディをしてくれるような場面が何度も登場するので、社会人にこそ読んでほしい漫画です。
もちろん、癖は強い。読んでいてしんどくなる人もいると思います。ハートフル系、スポ魂、恋愛系の要素が極めて乏しいので、人間らしさを否定するような世界観に抵抗がある人には、ちょっと重い内容かもしれません。(ブラックジョーク要素はたくさんある)
全話を読んだ僕としては完璧に近い漫画と言いたいですが、一点だけ気になった点があるといえば、敵クリーチャーのデザインでしょうか。序盤の敵からラストまで「ひたすら奇形のヤツメウナギ」です。
作品が違いますが、メイドインアビスの原生生物のデザインってすげー優秀だなと振り返らされることになりました。(リュウサザイとかカッショウガシラのバケモノ感すこ)
とにかく、他の漫画では味わえない異質な知的体験を求めているなら、間違いなく読む価値ありです。
連載はジャンプスクエアで、現在物語は完結しています。連載中はずっとアンケート1.2位にいた(ライバルはあのワールドトリガー)ので、キワモノ漫画と思いきや読者の評価もすごく高い作品です。期待して良いと断言します。
作者は六内 円栄(ろくだい まるえい)氏で、thisコミュニケーションが初連載作品とのこと。人生経験が豊富じゃないとこの漫画を書けない気もしますが、まだ若いと信じて次以降もどんどん名作を放ってほしいと期待しましょう。